2019年06月29日

小さな趣味

横浜で暮らしていた頃は、多い時には月に3回ぐらい
ボルダリング・ジムに通っていました。

ようやく手足限定のコースに入りかけたあたりで
大磯に引越し、その後はほとんどジムに行かなくなりました。
今の自宅からほど近い場所にジムがあるにもかかわらず・・・。

ところがつい最近、妻の勧めもあり、しばらくぶりに
近所のジムへ行き、登る感触を久々に味わいました。
数年のブランクはあっても、意外と体が覚えているものですね。
でも無理しない程度に、軽めのクライミングを楽しみました。

ボルダリングから遠ざかっていた理由の一つは、
ピアノ演奏への影響を心配していたためでした。
かなり手や腕の筋肉を使いますからね。
今回ジムで登った後、ピアノ演奏にどれほどの影響があるかを
自分で確かめてみました。

結果は、あまり影響なし!でした。
もっとも、これは私の場合であって、
他の人だったら違う結果かもしれませんが。
私のピアノは、もともと大して上手くないので、
影響も大したこと無かったのでしょう。

それどころか、クライミングとピアノは
脱力する感覚に共通点があるように感じました。
クライミングの場合、ホールドにしがみついてしまうと
筋肉が疲弊してすぐに疲れてしまいます。
しがみつくのではなく、ぶら下がるようにすると
案外疲れにくいのですね。

ピアノも、ぶら下がり感によって手首の力が抜き易くなります。
その大切さに気付くまでに、長い年月がかかってしまいました。

というわけで、以前ほどには頻繁にジム通いはしないでしょうけれど、
少しずつこの小さな趣味を継続していこうと思います。



posted by kanongigue at 05:41| Comment(0) | 日記

2019年06月12日

近況諸々

つい最近、生まれて初めて声楽の個人レッスンを単発で受けました。
音大時代の副科には歌唱の個人レッスンはなく、
ハイドンのオラトリオや、ベートーベンの第九などの合唱練習が、
いわゆる副科に充てられていたと記憶しています。

実力のある声楽の専門家の先生の前で声を出すのは大変緊張しました。
どうも私はテノールに近い声域らしく、高い音に向かって
音域を延ばしていく方向性が向いているらしいです。

なので今後は、音の高さの変化に伴うギア・チェンジを
スムースに移行できるような練習もやってみるつもり。
さらに、ついでにファルセットと実声の境目を
スムースに移行できるようにもなりたいし。
(これは大変難しそうです)

ピアノも、本物のピアニストに
少しだけ教えてもらいました。
手首に力が入りすぎているという
私のピアノ演奏の最大の問題点を
的確に指摘してもらったおかげで、
そのことに気をつけて弾くようになり、
ほんの少しずつですが、脱力できるように
なりつつあるところです。

また、昨年の暮れにこのブログにも書いていた、
ヴィブラフォンの作曲が完了し、
しかもご依頼主のヴィブラフォン奏者の方が、
あっという間にその曲をサロン・コンサートの
プログラムに載せてくださいました。

https://pianissimo-music.jimdo.com/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%88%E3%81%AE%E3%81%94%E6%A1%88%E5%86%85/

というわけで、いろいろな方々に支えられていることを
実感している今日この頃なのであります。
posted by kanongigue at 21:16| Comment(0) | 日記

2019年05月11日

響きと流れ 

大磯に移住してから、自分も合唱団に加わることにより、
また、その団以外の場所でも、合唱を愛する人たちとの関わりが
多くなってきました。

特にクラシック系の合唱は、何よりも深く奥行きのある発声の均質性と、
響き合う和音の美しさ(たとえユニゾンでも)を追求します。
アカペラの場合、それは一層顕著になり、一つ一つの音のピッチが、
パート間の音程関係の中であるべき所(周波数)に収まるように
細心の注意を払います。

それはそれで楽しく、響き合う音響の美しさに陶酔する瞬間もあるわけです。
これらは音楽の縦の線を重視する方向と言えるでしょう。

一方、音楽には横の流れ(リズム、旋律)という側面もあるわけで、
音楽の生き生きとした活性は、主にこの側面から生じてきます。
美しい音響だけでは、運動性(今居るところから別のところへと
向かっていこうとする動き)は起こり難いのです。

縦方向の響きと、横方向の節回し、
これらは各々、微妙に異なる要求を満たしたい二者であり、
その双方の折り合いを如何につけていくか・・・、
という点が音楽演奏の難しさであり、面白さでもあると思います。

そして、この両者の摩擦と調和は、
そもそも演奏以前に、作曲や編曲の作業の時からして
既に熾烈に繰り広げられている事柄なのですね。
posted by kanongigue at 22:32| Comment(0) | 日記